「当たり前」の毎日に、「ありがとう」
■先週12日(祝)は、御殿場で法要を営みま
した。
仕事は13日(火)名古屋から、14日(水)
は都内、15日(木)は仙台で、いずれも顧問
先での活動。16日(金)午前中は相模原で
旧知の経営者からご紹介いただいた方とお会い
し、午後はWEB面談が2件でした。
御殿場での法要は、妻の身内が急逝し、その
四十九日でした。今回は、そこで感じた「命」
のことをお伝えしたいと思います。
■ふだん、自分の命に限りがあることを、ほと
んど意識せずにくらしています。
明日も、今日と同じようにやってくる。心のど
こかで、そう思っている自分がいます。
これまでも、身近な人を見送るたびに、
「あの人が、どうしても生きたかった今日を、
自分は生かしていただいている」と感じてきま
した。
そのたびに「この命を大切に使おう」と心に決
めます。
ところが、日々の暮らしに戻ると、その思いも
いつの間にか薄れてしまいます。
■考えてみると、
今朝、目が覚めたこと。
家族と楽しく話せたこと。
自分を必要としてくださる方がいること。
どれも、何も考えず「当たり前」のことと
通り過ぎていることばかりです。
けれど、そのどれもが、必ず明日も続くと約束
されているわけではありません。
そう思うと、何気ない毎日が、かけがえのない
ものに感じられます。
「有り難い」とは、こういうことなのかもしれ
ません。
すでに、たくさんの恵みの中で生かされている。
そのことに気づくと、静かに「ありがとう」の
気持ちが湧いてきます。
■今回の法要は、いつか終わりを迎える自分の
命と、今日も続いている日常の有り難さを、あ
らためて見つめる時間になりました。
この気持ちも、慌ただしい毎日の中で、また薄
れてしまうかもしれません。
だからこそ、まずはいちばん身近で支えてくれ
ている妻に、いつもより少し丁寧に「ありがと
う」を伝えようと思います。
以上、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日も皆さまにとって、最良の一日になりますように。
日々是新 春木清隆
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人の生を受くるは難し
やがて死すべきものの
いま命あるは有り難し
出所:法句経(ほっくぎょう) 仏教経典
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